恒例のシリーズ時系列
1971年 Die bitteren Tränen der Petra von Kant オリジナル、戯曲
1972年 4.4 The Bitter Tears of Petra von Kant 初の映画化
2022年 4.0 Peter von Kant 本作、リメイク
レビュー済「2重螺旋の恋人」フランスの変態監督Francois Ozonが「焼け石に水」続いてFassbinderの戯曲を映画化したソーシャルコメディ。アップリンク京都で鑑賞。
オリジナルはドイツの舞台演出家Rainer Werner Fassbinder(長い(笑)、5幕構成の戯曲。ソレをFassbinder自身が映画化した「ペトラ・フォン・カントの苦い涙」本作の元ネタ。ニュージャーマンシネマJean-Luc Godard監督のヌーヴェルヴァーグを意識、Aki Kaurismäki監督もリスペクト。Pedro Almodóvar監督も、孤独と絶望で葛藤する女性を、巧緻な作劇で描いてる。ドイツ映画にしては人物描写も秀逸、愛の残酷が魂に刺さる。
変態OzonもFassbinderに御執心らしく、Fassbinder初の同性愛を現代風にアレンジ。主演の性別を女性から男性に、職業はデザイナーから映画監督へ変更。Fassbinderにルックスを似せたDenis Ménochetをピーター役にキャスティング、伝記映画的な仕掛けも取り入れ、オリジナルでカリンを演じたHanna Schygullaが、ピーターの母親役。Fassbinderはコカインの過剰摂取で37歳の若さで此の世を去った。
Denis Ménochetはフランスを代表する国際派、完璧なアメリカ英語が話せるので見た事有る方も多いだろう。私が最初に見たのは「ハンニバル・ライジング」、以下「イングロリアス・バスターズ」「名探偵ポワロ オリエント急行の殺人」監督の「危険なプロット」「グレース・オブ・ゴッド 告発の時」レビュー済「エンテベ空港の7日間」「モーリタニアン 黒塗りの記録」、最新作はレビュー済「ボーはおそれている」。Isabelle Adjan 68歳!、セザール主演女優賞5度の記録保持者。私のマストはヤッパリ「ポゼッション」。
Ozonも最新作「私がやりました」脂の乗り切った演出が冴えたが、女優の魅せ方が上手く、フランス人にしては珍しく英米的なロジックも持ち合わせ、日本でも人気が高い。「スイミング・プール」「危険なプロット」レビュー済「2重螺旋の恋人」「グレース・オブ・ゴッド 告発の時」等、私の専門ミステリー的な傑作も多く、フランス映画初心者マークの方にも気軽に勧め易いので先ずは一見アレ。
【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】
劇場で「コレはレビューが難しいゾ」覚悟した(笑)。私の専門ミステリーの世界ではフランスは異質で、英米の様な起承転結を無視した心理的瑕疵トリックが多く、本作も咀嚼するのに骨が折れる。元ネタと同じくDenis Ménochetが一人で喋るだけ、「喪失が怖くて」始めは愛を語るも終わりが近づくと、憎しみに変わる展開はフランスらしい共感性に乏しい個人主義の固まり、醜態を晒す姿を観客は茫然と見送るしかない。
ソレがフランス映画だと言えばソノ通りで、私は英語ヒアリングはネイティブでも、フランス語はチンプンカンプンで字幕を追うのも一苦労。オリジナルが戯曲なのでキャストは少ないが、英米のトピック的な展開に乏しく5幕構成の戯曲と同じく、未練からの出会い、幸せに執着、馬脚が表れる展開を文字にするのは難易度が高い。だからレビューが少ない?(笑)。カール役Stéfan Créponの喋らないけど存在感抜群の「顔芸」と、最後に唾を吐くシーンは良かった。アレで救われた観客も居るのでは?。
フランスの国技はセックスですが「愛」と言うモノに翻弄され易い国民性。「l'amour est aveugle」愛は盲目、フランス人のアイデンティティで、ボタンの掛け違いで「人生の破滅だ!」大袈裟に嘆く。衝動が抑えられないのがフランス人の欠点で、オッサンの無茶振りがコケティッシュを通り越して唖然とするので、観客は冷静に為れる二段モーション。恋愛で精神が崩壊するプロセスは、老年期特有のパラダイム。
大人の恋は「惚れたら負け」本作の人間模様と同じく立場が上でも、相手に心を支配され「喪失の怖さ」焦り出す。馬耳東風で、周りの客観的な忠告も上の空。終わるまで続く負のスパイラル。医学的には「ドーパミンの過剰放出」セックスやギャンブルと同じハイテンション。John Waters監督が2022年ベストシネマ1位に選び「圧倒的に最高の映画」絶賛した記事を見て納得、ハリウッドで此の作品は創れない。全てを手に入れた者は愚かな行動で大切な何かを失う、フランス人らしい鋭い暗喩。「沼」に堕ちると立ち直る事は容易では無いと、監督は自虐を込めてオブラートに包んでた。
好き嫌いがハッキリ分かれるので「苦い涙」を流したのは観客かもしれません(笑)。