晴れない空の降らない雨

ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界の晴れない空の降らない雨のレビュー・感想・評価

3.8
 タイトルとかキャラデザとか宣伝のせいで悪い印象を持っている人も多そうだが、3軍サイズのスクリーンでしか観れないことが残念に思うくらいには面白かった。最近会社のほうがてんやわんやだが、アニメーション映画の質は安定している。

 ドン・ホール監督らしいツボを押さえた冒険活劇であり、観客を置いてけぼりにしない程度に調整されたハイテンポな展開の中に無理なくテーマが組み込まれている。この手際がいつも巧みで、作品の完成度を安定させている。ただ、またドン・ホール監督というのが若干気になる。ちゃんと後続育ってんのかな。それにやっぱ同じ人がやっていると、いくら優秀でも新鮮味は少しずつ目減りしていくのが常である。
 

■ヴィジュアル

 今作でまず強い印象を残すのはヴィジュアル面だ。人々が暮らす町(険しい山に囲まれて外に出られない)は、サーチャーが偶然発見した電気を生み出す植物「パンド」のおかげで文明化されている。エアシップというオーパーツなどのSF要素もありつつ全体的には近代的だがどこかレトロな雰囲気を有しており、なかなか魅力的な世界である。

 その謎多き電気植物の根が枯れ始めたことで、根の先にある地下世界への冒険が始まる。そのため、この町(アヴァロニア)は序盤しか拝むことができないのが残念だ(ちなみにこの町の名前はちょっとしたネタバレ)。

 アヴァロニアに比べると幾分魅力に欠ける地下世界は「全てが生きている」という設定で、ドピンクな外観もあって、一見無節操に空想を広げた世界に思える。が、真相が明らかになると、ディズニーがそんなことするはずないことを改めて理解する。いつもながら、90分程度の作品のために世界観を入念に作り込むディズニーには感服しきりである。


■3世代の物語

 家族はいつものディズニーのテーマだが、最近は3世代に話がまたがることが目に付く。前作『ミラベル』では大家族文化が残るラテン系社会において、家長である独裁的な祖母と孫のミラベルが対立・和解するわけで、かなり直接的にこのテーマを扱ったことが新鮮だった。さらに前の『アナ雪2』も、直接対峙するわけではないが、祖父の過ちを孫が正すという点でやはり共通性があると言える。

 この観点から本作の特徴を考えてみると、まず最初に言いたいのは家族でも主人公の妻は脇役で、祖父・父親・息子という男性側に焦点が当たっていることだ。近年のディズニーアニメが女性一色に染まっていることに対して、バランス意識が働いたものと思われる。

 より重要な特徴は、それぞれの世代が主役級に動くことで、より明確に「3世代の物語」として、家族テーマが深堀りされているところにある。上記の2作品では親世代の影が薄かったが、本作は親世代のサーチャーを主人公に置き、父イェーガーと息子サーチャー、父サーチャーと息子イーサン、祖父イェーガーと孫イーサンという3つの関係(価値観の対立)が描かれる。例えば、サーチャーが「父のようにはならないと思っていたが、結局息子に同じことをしてしまった」と反省する場面があるように、親子対立が二重化されて描写に深みが生まれている。


■こだわりを捨てること

 テーマに関していえば、ドン・ホールの前監督作『ラーヤ』同様、本作も世界設定やストーリーは持続可能性を題材としたものである。つい先日亡くなったラブロックのガイア理論が設定に反映されている。

 本作が感動的なのは、こうしたマクロな状況設定が要請する展開の中に、個人の葛藤と選択のドラマがきちんと重ねられていることだ。つまり、人類の持続可能性の危機を前にした登場人物の思考と行動があり、その相互作用として3世代の物語がある。そのとき蝶番の役割を果たすのが「こだわりを捨てる」という第3のテーマである。

 長年続けてきた自分の生き方(成功体験であれば尚更)によって自信づけられた価値観だからこそ、こだわりが生まれ、柔軟性を失い、ついには他者にも押しつけようとする。だから世代間で対立が生じる。以上のような見取り図があり、それに対して「たとえ何十年と続けてきたことでも、変えるのに遅すぎるということはない」とか「どんな成功体験も、いつまでも通用するとは限らない」といったメッセージを送る、という話になっている。

 こうしてみると、子ども向けどころか、Z世代が親や祖父母にメッセージを送っているかのようである。以上のような世代間の和解のためのメッセージが、そのまま人類の生存にも当てはまる。こうして、家族(世代)の和解と人類の持続可能性という2つのテーマが完璧に重なるわけである。見事というほかない。

 
 そういや冒頭のシンデレラ城が100周年ということで新ムービーになっていた。ずっとこれで良いのでは、という出来。