松本優作監督作を見続けています。
2018年、元々は登山家・栗城史多さんのドキュメンタリー撮影として松本優作監督や同監督作『ノイズNoise』で撮影監督兼俳優としても関わった岸健太朗さんらがエベレストベースキャンプの滞在に同行していたところ、下山中に栗城史多さん自身が滑落して亡くなってしまい、ドキュメンタリーは中止。
監督はその同行中に高山病となりヘリコプターで緊急搬送され彼の死の瞬間に立ち会うことが叶わなかったという。
本作はそんな栗城さんへの追悼の意が込められた、監督・松本優作×脚本/撮影監督・岸健太朗による2022年公開のフィクション短編。
【物語】
登山家の吉田賢治さんがエベレスト登山中に遭難するニュースが流れる。
それからしばらくして妹の那月は、彼女に届いた一通のエベレストが描かれた絵葉書を元に、単身ネパールへ向かう。
手掛かりも何もなく向かった那月だったが、そこで彼女は兄がどんな人生を歩んだのか、どんな想いで山を登り続けていたのか、彼の記憶の旅を歩んでいくことになる…。
【感想】
これまでの作品でも松本優作監督らしさ、は表れていると思っていた。
本作でもそれは表れている。
でも、松本優作監督の「自分にしか作れない」という映画製作の動機付け=こういう人もいた/こういう人生もあった、を映画を通じて照射すること、という色合いが色濃くなり、加えてこの次に撮るのが金子勇さんを描いた『winny』であるという結果論からすると、図らずも本作が監督にとって作家性のひとつの転換点になったように思う。
それまで自分が観たところでいう『日本製造メイド・イン・ジャパン』『ノイズNoise』『ぜんぶ、ボクのせい』などはどちらかといえば個人の力ではアンコントローラブルな社会構造において孤独感、閉塞感を募らせる主人公らがそれでも生き抜こうとする拠り所は何か、を問う作品が多かった印象を受ける。
たしかに裏を返せばそれは「こういう人/人物もある」ということを照射して見せることに等しいとも思う。
ただ、前作まで以上にノンフィクション性が増した分、社会のアンコントローラブルな暴力性、という要素は薄まり、むしろ主人公の人生に寄り添う温かな作り手側のメッセージの方が強まった気がした。
作中、那月が度々見上げるヒマラヤ山脈、エベレストの頂が描かれるけれど、このエベレストと那月の距離感=那月と兄の10年の間に生まれた心の距離に見えてくるのが興味深い描写だった。
しかし一方で、最後には本作のタイトルにも関わる"場所"に那月が到達したとき、人の人生に寄り添う=映画という映像を通じて誰かの人生を描写するのに距離は関係なく、寄り添おうとする気持ちが大事、という実は『ノイズNoise』とも合致するメッセージを本作を通じて自分は受け取った。
妹・那月を演じた阿部純子さん、出演作ほとんど観たことなかったけれど、異国の地でなかなか気持ちをコミュニケーションできない繊細さ、疎遠となっていた兄への想いを見事表現されてて良かったなぁと。
たとえば、手探りに現地で兄を知らないか聞いて回る場面では、前に出会った人との会話で相手に聞かれた会話を、次に出会う人と会話する際のワードに使う場面などは、慣れない地で海外の人と英会話をするときにする行動として凄くわかりみがあり、自然な言葉運びも良かった。
実際、標高3,800m付近で撮影されたそうで、ガッツがスタッフ含めて凄い。
そして兄・賢治を演じたのは松本優作監督作『ノイズNoise』でも出演された小橋賢児さん。
まぁ正直35歳には見えない、という自分がその年頃ゆえの違和感はほんのり感じてしまったものの、少ない出番で確かに、記憶の中の兄=妹の知らなかった吉田賢治の生き様、を垣間見せてくれて流石だった。
最後に、本作で追悼の意を捧げた、吉田賢治の元となった人物・栗城史多さん自身のことをネットで探すと登山界隈での注目の集め方や技術面に関して、ぶっちゃけ登山家の人たちからすると好まれない一面もあったという。
現に、彼が数度にわたってチャレンジしたエベレスト登頂においては、彼のシェルパが亡くなる悲劇もあったとのこと。
彼の人生そのものを、それこそドキュメンタリーとして描くことも、松本優作監督はベースキャンプに同行していたからこそ出来たハズ。
でもそうはせずに吉田賢治という架空の人物に反映して見せたのは、そういった登山家界隈からどう見られていたという情報は抜きに、あくまでも松本監督から見た栗城さんの人物像を反映してみたかったのかな、と穿った見方を自分はした。
というのと、この映画が映し出している映像=那月がネパール現地で体験していること、それ自体が兄・賢治が歩んだ道のり=監督・松本優作と撮影監督・岸健太朗が一緒に過ごした栗城史多さんの人生、を追体験するという行為そのものとして二重構造になっているのが素敵だと思った。
タイトルにもなっているバグマティ川の流れるパシュパティナート寺院は、ネパール最大のヒンドゥー教寺院で、その寺院で火葬され川に遺灰を撒かれるのは日本の仏教と違い輪廻転生を信じ墓を作らないヒンドゥー教徒たちにとって願望だという。
本作で脚本・撮影監督を務めた岸さんは実際、エベレストの滑落事故で亡くなった栗城さんの火葬にも立ち会ったという。
そんな栗城さんへの追悼の意を込めて作られた本作が、松本優作監督にとって、作家性のひとつ転換点になった、という見方はあながち自分個人の穿った見方でもないのかな、と思った。
30分弱という短い作品ながら、見応えある一本だった。