幽斎

シモーヌ フランスに最も愛された政治家の幽斎のレビュー・感想・評価

4.4
「エディット・ピアフ 愛の讃歌」Olivier Dahan監督が、フランス人に敬愛された政治家Simone Veilの不屈の信念を描いたバイオグラフィー。アップリンク京都で鑑賞。

フランスでは10週連続トップ10、2022年フランス国内映画の年間NO 1を樹立。セザール賞の衣装部門と美術部門賞。ホロコースト生還後に司法から政治家。中絶法の他に出産に関する費用無償化、世界初のエイズサミット開催、人権擁護の闘いを続け、89歳で生涯を閉じると国葬が執り行われた。Marie Curie夫人等の偉人を弔う墓地、パンテオンに5人目の女性として合祀。中絶法は彼女の名Veilを冠して「ヴェイユ法」。

「エディット・ピアフ 愛の讃歌」「グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札」Olivier Dahan監督の、世紀の女性を描く伝記シリーズ3部作完結編。主演Elsa Zylbersteinは、シモーヌ本人とも親交が有り尊敬する彼女を演じる為、8kg増量した姿は威厳の有る演技として見る者を圧倒。没後10年経つ今も広く尊敬を集め、ソレはフランス国内に留まらず、女性初のEU欧州議会議長に成った経歴を見ても、ヨーロッパ各国の共通認識。

今はLGBTQ+は世界の共通認識だが、彼女が生きた時代は今よりも一層、性差別が激しい。女性が自分の身体を管理する権利を法制化、自ら女性解放を体現。女性初の偉業を成し遂げる為、如何にして彼女が困難と闘うのかを、映画を通じて目撃する。パリ政治学院で同級生の夫の政治活動を支えるべく、一度は家庭に入るも不正義に立ち向かう弁護士として女性テロリストを拷問から救う為に奔走。しかし、夫は功績を認めつつ「家庭を蔑ろにしてる」彼女を非難。まぁ、此処までは良く有る話(笑)。

後に夫は最高のパートナーとして支えるのでご安心を。秀逸なのはアメリカ映画の様に、功績をなぞり先駆者のヒロインとして描くのでは無く、顕彰より大切にするモノ。ソレが強制収容所の生還者、つまり「記憶の継承」。フランス映画にしては珍しく「此の話は何時の時代か」右往左往するが、字幕で丁寧にクレッシェンドを打つので、時代背景を知らなくても困らない(劇場鑑賞時)。彼女は「同化ユダヤ人」ユダヤ教から離れ土地の社会に同化したユダヤ人。中流家庭で育った幸せな過去、厳しい収容所体験が深く結び付く。

ハッピーエンドで終わらせないのがフランス映画の真骨頂。収容所から生還したシモーヌは政府に沈黙を強いられる。「我々は一致団結してナチスと闘った」しかし、コレは虚偽。臭いモノに蓋をするフランス人の国民性、自分達を美化しないと気が済まない彼等は、シモーヌこそ不都合な真実を知る人物。歴史修正主義者は何時の世も存在するが、真実を黙殺された自分の歴史を書き残す。秀逸なのはクライマックスに何を描くのか。

エンタメを考えれば実績を残したヴェイユ法、功績が認められた欧州議会議長、では無い。此処がフランス映画の凄さと奥深さ、再び彼女の負のルーツ収容所に戻り、姉のミルーがどう生きたか、母親に何が起きたのかを捉えて幕を閉じる。監督が伝えたいのはキャリアを美化して称賛する事では無く「記憶の継承」。若き日を演じたRebecca Marder(両方とも美人)負けず劣らず不屈の闘志を強く印象付けた演技も、称賛に値する。

鑑賞前はフランスの政治力学は一旦横に置いて、人工中絶に関して彼女の名前を知らない人は居ないので、アウシュヴィッツを語る公人に興味が有った。記憶を呼び起こして自伝を書くスタイルで時系列も揺れ動く。隅々まで描くのは良いが登場人物の多さはフランス映画の悪癖、どげんかせんといかんじゃね?。ソレを吹き飛ばすElsa Zylbersteinの渾身の演技。知らない人が見たらアーカイブ映像と勘違いするレベル。私は劇場で観てシモーヌのレガシーだけで、映画も4本は創れる気がした(笑)。

フランスの歴史を語る上でアウシュヴィッツ、ホロコースト、ユダヤ人は避けて通れない。有名な「アンネ・フランクの日記」嘘だと言う説、強制収容所で死亡した600万人はナチスのガス室送りでは無く、病気や飢餓だと言う説。歴史と言うのは常に勝者に依って塗り替えられる。私は京都で室町時代から続く武家筋の末裔ですが、大河ドラマを見ても結構、私の知る史実とは違う事も多い。歴史の歪曲は常にパワーバランスで左右され、明智光秀や石田三成も極悪人からヒーローまで解釈は様々。2009年出版「シモーヌ・ヴェイユ回想録」が元ネタ。興味の有る方はお近くの書店かAmazonで是非。

未だに歴史認識は混濁してると闇の深さを痛感、だからこそ彼女の「灯り」必要なのだ。
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