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PERFECT DAYSの郵便機のレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.5
誰もが同じものをみているとしても、誰もが同じものをみているわけではない
~モスキート音の映像化~

ほんとはここで、巨匠小津安二郎を引き合いに出し、本作の監督が小津に傾倒してることはうんぬんかんぬんと、シネフィル気取りでかっこよく語りたいところだが、残念ながらあいにく自分は「(髪をかき上げながら)オズより普通にバカリズムが好き」な人間(笑)

本作の面白い映像表現をみても、それが監督オリジナルのものなのか、巨匠オズの魔法使いが生み出した映像技法のオマージュなのか、よくわからない。

- みているものが、みえているわけではない

ご存知の方も多いだろうが、「モスキート音」という高周波の音がある。
若い世代には聞こえるが、年を重ねていくと、いつの間にか聞こえなくなるという音。

世代の違う人と一緒にいると、たまに「あ、音が聞こえる」と言い出すが、自分にはいっさい聞こえてこないんですけど、そういう経験がままある。

これは聴覚の話だが、視覚にもあるような気がする。

「誰もが同じものをみているとしても、誰もが同じものをみているわけではない」

何やら禅問答のような、矛盾している言い回しだが、この映画にはいろんな見え方、視聴者に含みをもたせる意図を感じる。

例えば、主人公、役所の妹の麻生。
そしてその妹の娘。
役所からみたら姪。
公式には妹、姪という役柄だそうだが、自分にはどう見ても、別れた妻とその娘にしか見えなかった(10段階のうち、10ぐらい)
娘の手前、伯父さんと便宜上呼んでるだけで、ほんとは元夫なんだろうと。

ホームレスをみる主人公の目。
彼と自分の間にある境界線はなんだろう。
自分とあちらの距離はいったいどれぐらいあるんだろう。
もしかすると、明日目が覚めたらああなってるかもしれない。
怖いようで、それでいてある種の憧れ。
畏怖をいだきつつ、神々しいものを目の当たりにしてるような目だった(10段階のうち、8ぐらい)
ちなみに、ホームレスを演じているのは舞踏家の田中泯。
彼がでると周囲の空間が一瞬にして亜空間になる。
まさに芸術。

- とるに足りない幸せを撮る幸せ

あえて清掃員という職業である必要はなく、淡々と仕事をこなす人の、どこにでもある静かな日常を描くこと。
その日常にときおり、さざ波のような非日常的な出来事が起きるものの、またもとにもどっていく。
何事もなかったかのように。

そういう静かな日常のルーティンのなかで感じる、本人にしかわからない、他人からみるととるに足りない幸せ。

なにかにつけ、主人公がみせる微笑み。

あの微笑みに特に意味はないし、あれこそがモスキート音。
聞こえる人には聞こえる。
わかる人にはわかる。

主人公はカメラが趣味で、現像し、気に入った写真は缶に入れ、押し入れにしまっている。
あの写真は、みるからに撮るに足りない写真ばかりだが、彼にとっては大切なもの。

とるに足りない幸せは、撮るに足りない映像だが、それを撮る幸せがある。

撮るに足りない映像の積み重ねが、幸せな人生なのかもしれない。
そういってるように思える映画だった。

===

ラスト、役所が運転席でハンドル回しながら、彼の顔をアップで流すシーン。
結構な長回し。
あれ演技とはいえ、巧いなぁ。
ほんと感心する。
顔の表情だけで、起承転結の物語が立体的に浮かび上がってくる。
さすがです。

あ、あと彼の家の下の自動販売機で缶コーヒーを買うシーン。
CM思い出した。
「ボス、さっすがです!」とトミー・リー・ジョーンズも言うはず笑
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