晴れない空の降らない雨

国境ナイトクルージングの晴れない空の降らない雨のレビュー・感想・評価

国境ナイトクルージング(2023年製作の映画)
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 原題の『燃冬』のままでよかったのに。それにしても中国映画はロケ地がいい。しかしロケ地に甘えた映画もある。本作もまた国境沿いの雪積もる地方都市を舞台に、行き詰まった若者たちの束の間の交流を描くにあたり、3人乗りバイク、悪ふざけ、夜の動物園等々の「雰囲気」で押し切ろうとする面がなくもない。一連の青春描写にはMV感もある。
 そもそも「そういうの嫌いじゃないよ」という人もいるだろうし、自分も個々に文句をつけるつもりはないのだが、物足りなさを覚えたのも事実である。

■180度切り返し
 とはいえ演出上の美点もちゃんとある。序盤の手振れの強さからくる不安定感が途中からなくなっていく、この移行がスムーズだ。そしてホテル帰るリウ・ハオランを呑みに誘うチョウ・ドンユイの180度切り返しも、物語の最初の転換点を簡潔かつ印象深く刻んでいる。その後この切り返しはベッドとソファ上で反復され、終盤チュー・チューシャオとチョウ・ドンユイでさらに反復される。

■間接キスと抱擁
 ほかに興味深いところは(同)性愛の扱いだ。何に怯えているのやら中国当局は同性愛の直接的描写を取り締まっているらしく、最終的には本作は主人公3人は全員ヘテロなのでチョウ・ドンユイを頂点にした三角関係に収まる。しかし、間接キスの反復をつうじて関係の深まりを示す本作において、リウ・ハオランとチュー・チューシャオのタバコの共有は同性愛的絆の示唆と見えなくもない。先日観た中国映画でも、主人公の父親が同性愛者であったことが暗に示されており、規制があるからこそ表現が洗練されていくという逆説も面白くないことはない。
 その後、氷を3人で回し食いするところで、この間接キスの主題は頂点に達する。もうひとつの主題となっていた「氷」にとっても、同様である。氷は溶ける。冬は終わる。窃盗犯は捕まる。3人の友情も終わる。
 ラストの手前では、リウ・ハオランとチョウ・ドンユイがシャワーカーテン越しに抱き合う。このシーンは見事にエロティックだが、同時に物語を締めくくる巧い表現だと思う。それは彼らの関係を表してきた間接性の最後を飾る抱擁であり、それによってこれ以上の発展がないこと、すなわち別れを示唆している。
 
■国境
 邦題にあるほど重い意味が「国境」に付せられているわけではないが、あえて意味を読み取るならば、やはり彼らの閉塞感として国境という表象があるのだろう。
 それは、彼らの休息の終焉において聴いていたアリランが示すとおりだ。この民謡は、夫ないし恋人が自分を捨ててアリラン峠(長白山)を越えていったことを嘆くが、この日彼らは天候悪化のために長白山(白頭山)の登頂に失敗している。

■朝鮮族
 また本作は朝鮮族の暮らすエリアを舞台にしており、序盤は結婚式やバスツアーなどでその文化を紹介している。また、最初に聞くセリフは朝鮮語であり、音声にも文字にも朝鮮語が現れる。
 とはいえ主人公の3人はみな朝鮮族ではないどころか地元民ですらない。移住者と旅行客である。中国において朝鮮族は少数民族としてマージナルな存在であるが、朝鮮要素はあくまで主人公たちが抱える一般的な疎外感と重ね合わせる形で用いられているのだろう。