【愛の物語】
こうしたアーティストの愛の物語には合理性や道徳といった観点から理解され難いところはあるのだと思う。
だが、同時代の芸術家や、潮流とは異なるところで、その芸術性や個性に大きな影響を与えることは間違いなくあるように思う。
この作品は、目まぐるしく変化した時代のアートの時代的分類を跨いで生きたピエール・ボナールとマルトの物語だ。
今年10月から国立西洋美術館でモネ展が始まる。随分前のモネ展の「日の出」や「北駅」ではなくテーマは「睡蓮」だ。
この作品「ボナール、ピエールとマルト」には、モネからオランジェリー美術館に”睡蓮の間”が用意されることになったというエピソードが語られるのでちょっと楽しい。
こんな感じで、この作品にはボナールとモネとの交流も描かれるので、ボナールにはモネの影響が大きいと思われる人も多くなるのかもしれないが、一般的にボナールに大きな影響を与えたのはモネなど印象派ではなく、ポスト印象派とされるセザンヌやゴッホ、ゴーギャンだとされている。
映画の中で映されるボナールの作品の中には、ゴーギャンのタヒチの絵に描かれた女性にも似た少しビビットな色合いの人物がいたように思うし、ゴッホも描いた浮世絵の中に出てくるような日本の着物を纏った女性の姿もあったと思う。
それに、マルトの個展の絵の中にあった果物の静物画はセザンヌを意識して用意されたものじゃないのか。
マルトがボナールに対してキュビズムと比較してコメントする場面があるが、ピカソはセザンヌの”ガルダンヌ”にキュビズムのヒントを得たと言われている。
ボナールは、ポスト印象派の後を担った画家でもあるのだ。
ただ、ボナールは何かを否定してアートの潮流となった画家ではないような気もする。
絵画史なんて言うと大袈裟だけれども、さりげなく、しかし、しっかりとそれらを織り込んでくるところは、この映画「ボナール、ピエールとマルト」の興味深いところでもあり、良さでもある。
こうしてボナールは印象派、ポスト印象派と、その後のモダンアートに至る過渡期と言われる時代を繋ぐ画家という、ある意味、アカデミックな括りを展開しながらも、しかし、人間として、一人の画家として、”もっとも影響を受けたのはマルトなのだ”と、そんな深いところで繋がったひとりの画家と最愛の人の愛の物語だ。