配給会社トランスフォーマーさんの、あたかも『パーフェクト・デイズ』のヴィム・ヴェンダースの次作であるかのような紛らわしい振る舞いに対し、いったい何人の人が巧妙に騙されてしまったのか不安ではあるものの、ある種『仮面/ペルソナ』のリヴ・ウルマンと共同で製作総指揮に名を連ねたヴィム・ヴェンダースの野心に対して、声高に批判する者はいないはずだ。『アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家』同様に、要するにヴェンダースは自身が感銘を受けた作品に対して「いいね」を押すのだが「いいね」がいつの間にか出資者の代表である製作総指揮に名を連ねているのである。自身のラベリングした作品はどんなに地味なドキュメンタリーであってもファンはアンテナを張る。そして自身が太鼓判を押す作品はヴェンダース・フォロワーにとっても同じような問題意識だと自覚しているのだろうが、直近の『アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家』同様に今作のドキュメンタリーとして漠然とした描き切らなさに対して、茫漠たる不安を感じたのも事実である。
息を呑むような美しい大自然に囲まれたノルウェー西部の山岳地帯「オルデダーレン」。本作は地球上でも有数の壮大なフィヨルドを誇るこの渓谷に暮らす老夫婦の姿を、その娘でありドキュメンタリー作家のマルグレート・オリン(『もしも建物が話せたら』)が一年をかけて密着。大地に根を下ろし、シンプルで豊かに生きる両親の姿から、娘は人生の意味や生と死について学んでいくことになる。生きるとは、老いるとは何か?厳しくも美しいノルウェーの四季と共に生きる家族の姿を通して、人生を探求する感動のドキュメンタリーだ。原初の地球の姿を今に留める渓谷では、驚くべき自然の風景が発見できる。崩れ落ちる氷河や切り立った断崖が生み出す奇跡のパノラマ、夜空に降りてくる七色のオーロラや多様な動物達の生き生きとした姿など、大地は季節ごとに姿を変え、ドローンや最新の撮影機材を用いて捉えられた、誰も観たことのない荘厳で圧倒的な映像美と多角的で重厚なサウンドは、息を呑むような壮大な旅へと観客を誘っていく。自然の雄大さに対し、我々のような人間はちっぽけで語るべき物語を持たない。然しながら老い先短い両親の不明調な足取りにカメラは寄って行く。正に移ろい行く時代の足跡の中で、祖先の姿ににじり寄るマルグレート・オリンの柔らかな筆致に幾つもの感慨が生まれる。