『システム・クラッシャー』のノラ・フィングシャイト監督作。
共同脚本のエイミー・リプトロットの同名の回顧録が原作。

主人公ロナ（シアーシャ・ローナン）のアルコール依存症により失ったもの、離婚した父・母、それぞれとの関係、リハビリによる回復、故郷のオークニー諸島での父との生活、そして、風吹きすさぶパパ・ウェストレー島での孤独な生活と、RSPB(英国鳥類保護協会)の仕事を通じての自己再発見の物語。

タイトル「The Outrun」は、オークニー諸島での"外れの放牧地"といった意味でロナの父が語るセリフに出てきますが、自身の内面の酒を欲する悪魔や過去から逃れるというニュアンスを含むのだと思います。

時制がいったりきたりするのがややウザいですが、シアーシャ・ローナンの熱演とロケーションの魅力で引き込まれました。

そこらじゅうにある酒を片っ端から飲み干して、全てを台無しにしていた頃の自分も取りこぼさずに生きていく。わたしの身体は大陸。くしゃみは雷、涙は川、オーガズムは地震。That never gets easy, just gets less hard. だとしても、前よりずっと今ここにいると感じられる。都会でも田舎でも聴いている音楽が変わらないのもよかった。

自分が抱える負の面、あるいは過去の自分の過ちとどう向き合うか。

幼少期をイギリス北部のスコットランドで過ごした主人公が、成人して都市部のロンドンに移る中で様々な不安や関係性の中からアルコール依存症にかかり、その脱却 (Outrun)のために再び故郷に戻り自分を見つめ直すという物語。

作品中で特に素晴らしかったのがスコットランドの厳しくそして美しい自然の描写と、海や水を用いた隠喩表現。

あらゆる生物の始まりである海は「生命」「生まれ変わり」の意味を持ち、母なる海であることから転じて「愛」「愛情」、打ち寄せる波は「試練」、さらに言えば水は「変化」「変形」の表現に使われる。

作中の言及にもあるように、スコットランドの海岸は打ち寄せる波風の直撃による侵食で作られたものであり、主人の抱える依存症への葛藤やそこから発生した人間関係の亀裂という試練を彷彿させる。

また物語の大半では主人公が「海」に体を沈めることを拒む様子が繰り返され、家族やコミュニティの愛情を素直に受け入れられない状況が印象づけられる。

それだけに、終盤で自身の試練や愛情からの逃避自体(outrun)に目を向け、ついには体を震わせながら海に入り、全身を水に浸して生まれ変わるいうシーンには観客もついつい感情がこもる。

主人公の故郷スコットランドランドが波風に削られて現在の地形となったように、ひとは自分の負い目の向き合うこと、そして人からの愛情を受け止めるによって新しい自分を形成してゆくのだ。

※個人的に好きなのは、一番冒頭の幼少期のシーン、波打ち際で枯れ果てた海藻を幼い主人公が手に取り、海の中に浸して蘇らせるシーンがあるのですが、この一連の行為が作品全体を象徴していて素晴らしかったです。