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最後の乗客のumisodachiのレビュー・感想・評価

最後の乗客(2023年製作の映画)
4.2


1時間足らずの短編。クラウドファンディングにより製作された。

東北のとある港町で、タクシードライバーが1日の終わりにもうひと流ししようとしている。同僚から聞いた深夜に現れる不思議な女性客の噂話のように、途中で一人の女性を乗せた。目的地に向かっていると、途中で母娘連れに遭遇。その2人も同じ目的地だったので乗せることにしたものの、車が動かなくなってしまい……。

東日本大震災への想いを形にしたヒューマンファンタジー。3月11日が近づくたびに「震災を忘れない」という声があちこちで上がるが、「震災を忘れたい」と思っている人も確実にいるわけで、そういった当事者たちの色々な想いを受け止めるような作品だった。

小学校高学年のとき、祖父母の戦争体験を聞いて聞き書きする、という課題があった。その時点で父側の祖父母は健在、母側も祖父は健在だったのだが、父側の祖父母は絶対に戦時中のことは話さないという強いポリシーの持ち主であり(なお、祖父は技術者だったので戦地には行っていない)、母側の祖父は戦争が激化する前の満州での華やかな生活のことしか話してくれなかった。仕方がないので満州の話を書くしかなかったわけだが、それは学校が望んでいる内容とは大きくかけ離れていたので他の子の文章からは完全に浮いてしまっていた。

このとき、私は「〇〇を忘れない」という言葉の暴力性をなんとなく感じたのを覚えている。人類が確かにあった歴史として戦争を忘れないようにしようということと、当事者にその記憶を無理やり思い出させることは同じではないはずだ。あの苦しみを伝えなければいけないと思う人がいるのは確かだが、一刻も早く忘れたいと願う人がいるのだって確かなのだ。

今まで観てきた震災関係の創作物は、生存者や地域外のボランティア視点のものばかりだった。しかし、本作は違う。作っているのはもちろん被害者ではないのだが、ほぼすべてのキャラクターの視点は当事者に設定されている。その上で「忘れたい」という気持ちも柔らかく受け止める構成になっていて、私はとても誠実な作品だと感じた。
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