ワンコ

ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナーのワンコのレビュー・感想・評価

4.3
【ガリアーノというスコープで見えてくるもの】

映画「関心領域」を観た時に、これはあの家族を云々したり、ナチズムについてあれこれ言うような作品じゃないなと思っていた。

だからこそのカンヌのグランプリやアカデミー賞の国際長編映画賞・音響賞の受賞だし、A24のテーマ選択のセンスの光るところだと思った。

あの家族は僕たちのメタファーなのだ。
あちこちで紛争が起きているのに関心を寄せることが出来ない僕たちに対する皮肉なのだと。

さて、ジョン・ガリアーノはファッションに興味がなくても一度くらいは耳にしたことがあるデザイナーじゃないかと思う。

映画に出てくる能舞台でのショーの洋服の写真は、映画「モノノ怪」のサイケな色使いを彷彿とさせるし、様々な民族を想起させるようなデザインは、ガリアーノの感性の豊かさや多様性を象徴しているかのようだ。

ただ、この作品は、そうした彼の才能や、フライヤーにあるような栄光と没落といったキャッチとは異なり、ジョン・ガリアーノというスコープを通して、こうしたことは自分にも、自分の身の回りにも起きそうなことだと思わせるようなドキュメンタリー・ストーリーになっているんじゃないのかと僕は思う。

よく、DVを受けて育った子供が親になると子供に対してDVをする傾向が相対的に高くなると聞くが、差別を受けて育った子供が、大人になって社会的地位を獲ると差別主義的になるということもあるように思う。

そうじゃなくても、僕たちの周りには差別を助長するような情報に溢れているし、最近の中国での日本人児童の刺殺事件など聞くと、単純化して中国人自体を嫌いになる人だっているに違いない。

それにガザへの侵攻ですでに4万人もの市民(三分の一は子供)を殺害したとされるイスラエル軍や、公式に認めてはいないもののレバノンのシーア派武装組織ヒズボラを標的にしたと考えられるポケベルやトランシーバー爆弾の無差別攻撃のニュースを観ると、やはりユダヤ人は利己的で野蛮だとの思いを強くする人がいてもおかしくないように思える。

そして、プライバシーのない生活、拝金主義的な会社で休息などない多忙さ、酒、薬物、親友の死。

こんなのが重ならなくても、自分の置かれた境遇を誰かのせいにしたくなることもあるだろう。

著しくバランスの欠いた世界で僕たちはどうやって生きて行けば良いのだろうか。

この作品は、答えは何だろうかと僕たちに問いかけている気がする。

そして、僕たちは本当は答えに辿り着いているのに、それを妨げようとするものがいることも勘づいているのではないだろうか。

ガリアーノや狂乱したファッション界を云々するのは当たり前として、この作品はもうひとつ異なるメッセージを含んでいる気がする。
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