このレビューはネタバレを含みます
自分のことしか大切にしない人は、他人に大切にしてもらえない。
すかしてるんじゃなく、自分なりにやっているだけなのに。
冒頭から、同級生の死に関して反応が鈍いカナ。友達のイチカは、多少の偽善も混ざっているかも知れないが、ショックを共有してほしくて来た。それなのにカナは、悲しむという感情は乗っけずに、細部にばかり食いついて(それも会話のためであって本心で食いついてはいない)、ただの雑談として話す。イチカは、同級生の死を悼む気持ちと、彼女自身がそれによって暗い感情になった当事者としてカナに慰めてほしいという気持ちでカナを呼び出した。自分のためだが、別に自分の精神衛生を優先するのは悪いことじゃない。それに対してカナは冷めていて、共感は全くしていないけど、義務感でイチカの話に付き合う。ただ、実際どれだけの人間が友達を励ますことを心からやれるのだろう。カナは薄情だけど義務感を感じるくらいの情はイチカに対してあって、それも十分健気だと思う。でも、自分の感情に没頭できている他人との差を一番感じるのは、自分自身。だから疲れてしまう。
尊厳を踏みにじられた、ことになるのが嫌。
自分も浮気していたのに、誠実だと思っていた彼氏が出張先で風俗に行ったことが刺さるカナ。自分は深く考えずに浮気しているから罪悪感はないけど、そっちに風俗に行かれたことはちゃんと裏切りに感じる。でも、傷ついたことを直視したら、つらいし惨めだから、「自分も浮気してるからどうでもいい」と自分に言い聞かせる。しかし、本当にカナのプライドを傷つけているのは、彼氏が風俗に行ったことではなく、それを誠実に謝られることで、自分が「大切にされなかった被害者」の立場を取らされること。浮気していることは彼氏には明かしていないから、2人の間の公的記録として、カナだけが大切にされずに裏切られたことになっている。カナはそこに引っ掛かっている。こっちだってお前を軽視しているぞ、一方的に被害者なわけじゃないぞ、と心の中で自尊心が怒りに燃えている。でも、浮気を明かして被告人になるのは嫌だから言わずに、「お前は分からないだろうけど、お前の尊厳を踏みにじってるから!」という虚勢を自分だけにわざわざ張っている。
カテゴライズされたくないのか、されたいのか。
「風俗のことで傷つけたよね」と元カレが現れ、「カナのことを分かってる」と言ってくる。そうやって自分を分かった風に語られるのは腹立つのに、病名はある方が安心する。決めつけられたくないけど、カウンセリングでひも解いてほしい。同じマンションの住人の女性とすれ違ったら、「あの人、私たちのこと分かってるよね」と言うカナ。しょっちゅう大騒ぎの喧嘩をしているカップルだと分かっているよね、という意味だが、把握されていたい、知っていてほしいという気持ち。自分は簡単には理解できない複雑かつ精密な人間だというプライドと、理解・共感されておきたいという寂しさであり自己顕示欲。
繰り返されるカナとハヤシの醜い喧嘩。
カナの味方をしてハヤシが憎い時間もあれば、カナにうんざりしてハヤシに同情する時間もある。それくらい、どちらもエゴの出し方が醜い。カナは、心の中にあるけど表面に出していない怒りがたくさん溜まって、ぐちゃぐちゃになってからやっと表に出される。いちいち自分の傷つきとちゃんと向き合えばいいのかも知れないけど、それだって毎回しんどすぎて動けなくなるから、だったら傷つきに対して麻痺すればいい。でも、そうしていると無反応なだけでただボロボロになっていくし、どこかで爆発するか自分が瓦解するか。そんな中で、この醜い喧嘩の仕方はカナの最後の命綱かもしれない。ずっと喧嘩のシーンは、こうなったらおしまいな状態に見えていたけど、終盤で2人の喧嘩を理由も省いて引きのアングルで見せられたとき、もう笑い者でしかなかった。そうなると、この人たちはもうどうしようもないねと、愚かかわいく見えて、さほど深刻に感じない。自分の感情に鈍いカナなりの発散のさせ方としてはギリギリ間に合っているのかも知れない。
ハヤシの、待たせておきながら「先にご飯食べられるの嫌いなんだよね」という意味不明なわがままはさらっと強烈だった。それと、ハヤシが抽象的な言葉を並べ立てて反省しているところは笑ってしまった。こいつ自身何を言っているか分かっていないだろ、と思ってしまう。ここのセリフが、抽象的にかっこつけるのをいじる明らかな揶揄ではなく、けどよく考えればこいつはなんで行動ではなく概念の話をしてるんだ、と愚かに見える程度の絶妙さ。「コミュニケーションが足りてなかった」も、別によく使う言葉だから「横文字使いたがり」といじるような対象ではないんだけど、でも「話し合いが足りてなかった」でいいだろ、と思ってしまう。