ファスビンダーはこの『エフィ・ブリースト』で4~5本目くらいだと思うので実はあんまり観ていないのだが、そんなファスビンダー初心者の俺でもファスビンダーやっぱすげぇや…と思う作品でしたね。なんというかまぁ、月並みな言い方になってしまうが自分の世界がある人だよな。そういう意味では職人監督というよりかはやっぱり芸術家なんだろうなと思う。別に職人的に娯楽作品を作り続ける人も凄いと思うが、どんな題材でも自分の世界にしてしまって自身の体系下に入れてしまうアーティストというのも凄いものなのだ。そう思わせられる『エフィ・ブリースト』でしたね。
どんな題材でも、と書いたが本作は原作がある映画である。なので実は、どんな題材でも自分の世界に云々と書いたばかりでその舌の根も乾かぬうちに全く逆のことを言ってしまうが、本作は正直そこまでファスビンダー濃度が高くない作品だなぁとは思った。濃度が高くないというか、別の手法で作っていると言った方がいいだろうか。あんまり作品数は観ていないけど、よく世間で言われているように本作もまたメロドラマ的な要素を多く孕んだ作品でテーマや被写体といったものは俺が今まで観たファスビンダー作品とそう大きく変わりはしなかった。ただ、大きく違ったのは『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』や『マリア・ブラウンの結婚』なんかとは違って感情よりも理性で描かれた物語だったということであろう。メロドラマといえば通俗的で登場人物への感情移入を第一とするような作劇になるのが常である。具体的な作品名を挙げると脱線しそうなので控えておくが、国産の大ヒットアニメ映画とかは大体メロドラマ的な作りになっていると言えるだろう。
もちろんメロドラマが悪いわけではない。実際にファスビンダーは自分が監督した他作品では個人の感情のぶつかり合いを描きつつもそこに感情移入させるわけではなくてその感情の衝突を俯瞰図で見せるという高等テクニックを駆使しているのだが、本作ではまず個々の登場人物の感情というのが劇的に描かれたりすることは(ほぼ)なくて非常に平坦で客観的な視点で物語が語られるのである。おそらく原作小説がそういう作りなのだと思うが、具体的には登場人物のモノローグが淡々と語られる。これは登場人物の感情や行動を露悪的と言ってもいいほどの起伏で大げさに描くファスビンダーの作品としては珍しい作風なのではないかと思う。上記したファスビンダー濃度が薄いというのはそういうことである。お得意のブレヒト的な異化効果も鳴りを潜めている。ただ、その感想とは矛盾するように、自分の世界がある人だ、とも書いたが実際この『エフィ・ブリースト』は自分の得意な手法を用いずに作った映画だと思うのだが、しっかりとファスビンダーの作品になっているのである。
その理由を書く前にさらっとあらすじを書いておくが、物語自体は実に何ということのない映画であった。作中の出来事だけを簡潔に並べるとめちゃくちゃどうでもいいお話である。というのも10代後半の若さで40代後半くらいの出世街道驀進中の官僚っぽいおっさんに見初められたエフィ(自身もいいところのお嬢様である)は親の勧めもあって求婚を受けるのだが、やはり親子ほどに歳の差がある男女で結婚生活は上手くいかずにエフィは不倫に走ってしまう…というお話である。
いやもう死ぬほどどうでもいいわ! ってなりますよ。少なくとも俺は。別に恋愛モノとか嫌いじゃないけど、年の離れた旦那と上手くいかなくてワタシ寂しいの、とか、最新妻の様子がおかしくて不倫しとるかもしれん、みたいなことをやたら長台詞で延々とやられても、知らんがな…どうでもいいよ…、とはなってしまうのである。でもファスビンダーが凄いのはそういうどうでもいいメロドラマの中にナイフの刃のようにスッとめちゃくちゃドライで突き放した描写を入れてくるのだが、その点に関しては本作も健在だったと思う。ただ、本作は全体的に基本ドライというか格調高い雰囲気が付きまとっているのでそこのギャップがあんまりなくて単によく出来た面白い映画って感じなんですよね。多分、そこが原作小説ありきの映画だからそうなっているというところなのではないだろうか。
まぁしかし、そうだとしても死ぬほどどうでもいいメロドラマ的なストーリーの裏側に徹底的に理詰めで寒々しさを感じるほどのタッチで男女における社会の構造的なすれ違いを描き、それらの人間的かつ感情的なメロドラマがいつの間にか神の視点を浮かび上がらせて最終的にはそのような俯瞰図を観客に提示してしまうというのは正にファスビンダー作品と言う他はないであろう。終盤にエフィは神を含めたあらゆるものと和解していくようにも見えるが、それは冒頭にあったように被支配者が支配者に対して反抗を試みるものの結局はスポイルされてその支配関係が再生産されるという図式そのものなのである。
それ自体は非常にファスビンダー的な帰着の仕方ではあると思うが、繰り返すが、本作はそこに露悪的かつ感情的な社会の底辺にいるようなダメダメな人間模様が描かれるわけではなくてあくまでもエレガントな文学作品をちゃんとそのエッセンスを損なうことなく映画化しているという作品なので、これはファスビンダーらしくないような印象を受けつつもやっぱファスビンダーすげぇなぁ、となってしまう作品だったのである。わりとファスビンダーの研究者やマニアの間でも取り扱いが難しい作品なのではないだろうか。
個人的には面白かったですけどね。ちなみに終盤で決闘の正当性を語るシーンはもうギャグだろ! ってなるほどに理詰めの嵐で、あそこは感情と理性のぶつかり合いがクソ長いセリフに表れていて面白かったですねー。『ハンター×ハンター』のクソ長いモノローグみたいな味わいで良かったですよ。
原作モノという性質上他のファスビンダー作品をたくさん観てからの方がいいかもしれないけど、いきなり本作を観るのもそれはそれでアリかなとも思います。面白かった。やっぱ7ファスビンダーすげぇよ。