ガザ出身の医師イゼルディン・アブラエーシュ博士に迫ったドキュメンタリー。
ガザ地区で生まれながらも努力の末に医師となり、イスラエルで産婦人科医として勤務していたアブラエーシュ博士。パレスチナとイスラエルの懸け橋となるべく働いていたが、2009年に自宅がイスラエル軍の砲撃を受けたために3人の娘と姪を失ってしまう。それでも「憎まない」と言い続けて平和を訴え続けている博士に迫る。
砲撃を受けているときにテレビ出演していた知人に電話をしたため、その様子が生放送で流れたというのがセンセーショナルなわけだが、その実際の映像を含めて克明に描かれている。貧困を抜け出すには教育しかないと努力した彼の半生や、家族を増やして地道に生きてきた軌跡を描く前半、大きな悲劇の後を描く後半という構成になっている。
ものすごく誠実で頭の良い人物であることは冒頭から明らかなわけだが、なにがすごいって前半と後半で人物増が全く変わらないことだ。あんなに惨いことがあったのに、その直後には「憎まない」と宣言する博士は超人的で、にわかには信じられない強さを放っていた。
博士いわく、人間は憎しみを持っては生まれてこない。憎しみとは経験によって体得する感覚である。報道ステーションでのインタビューでは、娘たちの命は尊く、尊厳に満ちていたから、その命を憎しみなんていう負の感情に変えるつもりはない。愛と平和のために役立てていきたいというようなことを述べていた究極の理想論には違いない。でも、誰も反論できない究極の真実でもある。博士は、人間が憎しみを捨てれば愛と平和は実現すると固く信じているのだ。
重傷を負い生き残った娘は、事件直後のインタビューで怒りを感じるかと尋ねられ、「何に対して?」と答えていた。彼らは誰かを憎んだりはしない。ただ、憎しみや戦争が存在している世界に対して「それは間違っている」と訴え続けている。
事件の後にカナダに移住した博士一家は、異邦人としての孤独やハンデに悩みつつも一定の安全を手に入れた。しかし、ここ数年のガザ侵攻においてまた親族の命を奪われてしまった。まだまだ続いている博士の訴えが、世界を変える日が来てほしいし、私もその気持ちに大いに寄り添っていたい。と、いいつつアメリカ大統領選の結果を見ると、まだまだ道のりは長そうだ……。