HAYATO

バルカン超特急のHAYATOのレビュー・感想・評価

バルカン超特急(1938年製作の映画)
4.0
2024年438本目
貴婦人消失
巨匠・アルフレッド・ヒッチコック監督作
列車の中で忽然と姿を消した貴婦人の行方を追うヒロインと青年の姿を描いたサスペンス映画
東欧の国バンドリカからロンドンへ向かう国際列車に乗り込んだアメリカの富豪の娘・アイリスは、同室となった老婦人・ミス・フロイと仲良くなる。しかし、食堂車から戻り、ひと眠りした後に目覚めると、ミス・フロイの姿は忽然と消えていた。ほかの乗客に聞いても、そんな婦人は最初から乗っていないと言われてしまう。魔術師や尼層、脳外科医など疑わしい連中ばかりの四面楚歌の状況下、アイリスは1人の青年と共に彼女の捜索を始めるが……。
原作は、エセル・リナ・ホワイトの小説『The Wheel Spins』。出演は、『嵐に叛く女』のマーガレット・ロックウッド、『チップス先生さようなら』のマイケル・レッドグレイヴ、『海底二万哩』のポール・ルーカス、『ミニヴァー夫人』のメイ・ウィッティなど。恒例のヒッチコック監督のカメオは、エンディング近くのヴィクトリア駅で、黒のコートをまとってタバコをふかしながら通り過ぎるシーンで見られる。公開当時から批評家たちの絶賛を浴び、後にリメイク映画の『レディ・バニッシュ/暗号を歌う女』や、列車を旅客機に置き換えた『フライトプラン』なども生み出された。
本作は、ヒッチコックのイギリス時代の作品の中でも特に傑作とされ、サスペンスとコメディが巧みに融合した映画史に残る作品だ。フランソワ・トリュフォーは、ヒッチコック映画の中で最も好きな作品の1つと明言しているそう。
冒頭約30分は、ヨーロッパの架空の国「マンドリカ」にある山岳地帯のホテルが舞台。ここでは、さまざまな旅行者たちが繰り広げるコメディタッチのやり取りが描かれ、物語の中心人物が誰なのかもすぐにはわからない。一見すると、ミステリーというよりも群像劇のような雰囲気。ただ、ホテルでの出来事は、後半に繋がる布石として機能しており、ギター奏者の不審死やアイリスの頭部に植木鉢が落下する事件は、後の列車内での出来事に直接影響を与える。
乗客たちが列車に乗り込んでからは、一気にサスペンスフルな展開に入る。主人公・アイリスが老婦人・フロイと出会い、その直後に彼女が突然姿を消す。さらには、他の乗客全員が「そんな人は初めからいなかった」と証言し、どんどん謎が深まっていく。最初は散漫に見える物語が、進むにつれて核心へと絞り込まれていく構成は、ヒッチコックの巧みな演出が光る部分。
本作を見れば、ヒッチコックがスリラー映画の名手であるだけでなく、コメディの才能も秀でていたことがわかる。緊張感が続く中にユーモラスな場面を上手く織り交ぜており、列車内でのアイリスとギルバートの掛け合いや、マジシャンとの乱闘シーンでは笑いを誘いつつも、緊迫感を損なわないバランスが保たれている。この「緊張と緩和」は、観る者を最後まで引き込む原動力となっている。
本作の登場人物たちは、どいつもこいつも個性的。たとえば、ギルバートは最初、アイリスの部屋にずかずかと入り込む横暴な男として登場するが、列車の中では一転して頼りがいのある相棒に変わり、そのギャップに心を掴まれる。また、カルディコットとチャータースのコンビは、クリケットの話ばかりしているユーモラスなキャラクターで、彼らの存在が映画全体に英国らしさを加えている。この2人はその独特なキャラクター性が人気を呼び、他の作品にも登場するほど愛されたそう。
本作は、1938年という時代背景を強く反映している。ヨーロッパでは第二次世界大戦の足音が近づき、各国間の緊張が高まっていた時代。スパイや列車が敵地に誘導される描写を通じて、時代の不穏な空気を映し出している。フロイ夫人の失踪劇や、その背景にある国家的陰謀は、戦争直前のヨーロッパにおける混乱を象徴している。
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