このレビューはネタバレを含みます
主人公の風(フー)は、純粋な人間ではない。肉体の一部を機械化したものか、あるいは、脳以外を機械化したアンドロイドか、もしくは、実在した人の心をプログラムされたロボットなのか。そのような存在の風には使命も無さそうだ。ただ、現世を漂っている。使命や目的がない機械は普通存在しない。あるとすれば、まだ、完成品ではない実験段階のものだろうか。正確に言うなら、目的はあるが、まだ、それを達成するための何かが備わっていない、もしくは、余計な何かが除去されていないもの。こんなところだ。全くの想像だが、風は、アジアのどこかで戦っていた戦士の何かを由来にしているらしいので、何かの組織に、機械と生体を融合させそれぞれの欠点をカバーしたアンドロイドの兵士として作られた内の一体なのではないだろうか。それが何かのミスでそこから逃げ出した、というより、組織が風を紛失したという方が正しそうだ。なぜなら、風には何かから逃げるという意思がなさそうだから。放り出された風は寄る辺を求めていたのではないか。使命や目的のない機械は石ころと変らない。なので、ホームレスに空き巣の見張りを依頼されたとき、何のわだかまりもなく引き受けた。風が道夫に仕事の斡旋を頼んだのは、そこから、仕事が己に使命や目的を与えてくれると理解したからではないか。そして、風が見つけたのは道夫という男で、風は彼を守ることを自分の使命と認識した。なぜ、そうなったのかというと、風は道夫が好きという感情、言い換えれば友情を抱いたから。まるで、人間がするように。
一方、道夫は、というより、この物語で登場する人間たちは、自分の欲望や拘りや、組織からの圧力や、取引や、そんな諸々に縛られて、不自由で、沢山の使命や目的が浮かんでは消え、本当の自分は何を求めていて、そのためには何をすべきなのかを見失っている。道夫は、自分のヤクザとしての生き方に拘り、組織の方針を無視して暴走したために射殺される。しかし、道夫はその前に、風の飄々とした振る舞い(アンドロイドなので「生き方」ではない)に感化されて生き方を変え、本当に大切なもののためだけに生きようとしていた。風は撃たれたそんな道夫を不思議な力で蘇生させる。
本来なら、使命や目的や命令に縛られているはずのアンドロイドが自由であり、大切なものを見つけてそれを守ることを存在意義とする。本来、自由に意志を持てるはずの人間が、本当に大切なものを見失い、押しつけられた使命に踊らせれる。でも、アンドロイドの生き方(でもそれは擬似)が、人の生き方から余計なものを取り払ってくれる。そんな交差するような対比と関係性を読み取った。