黒澤明監督による『どん底』は原作にかなり忠実のようだが、喜劇仕立てになっている。どん底の貧乏長屋の人びとは徹底してさもしく惨めである。救いのなさを描いていて、旅のお遍路(左卜全)がそれぞれに心癒される言葉をかけ、あの世に送っていく。総じて喜劇に見えない悲劇の集大成であった。
暗いし、希望ないし、生気ないし、ある意味ひねりもないストーリーで、なんで観ちゃったんだろとも思ったが、役者が役者然として生き生きと生きる屍を演じていて、長屋を舞台に演技合戦のようだった。これは拍手しました。
それと、貧乏長屋の貧乏さが、とんでもなく暗く汚く寒く、大道具さんとか美術監督の腕の見せ所で、徹底してこだわった歪んで傾いた建物の様子に目を見張った。
ルノワール版を先に観たこともあるが、やはり黒澤作品には思想がない。また大巨匠を批判してしまったけれど、魅せる画作りは素晴らしいのに、何ら伝わってこない。感じられるのは、スタッフの意気込みや、役者の力だ。貧しさとねじくれた心しか持てない人びとをただ、そのまま徹底して貧相に描いていた。