フレデリック・ワイズマンの足跡特集6本目。
前置きとして毎回書いている気がするがワイズマン映画はタイトルを見れば一発でその内容までわかってしまうのだが、本作は『競馬場』です。毎回様々なものを観せてくれるワイズマンだが、今回の舞台はニューヨークにあるベルモント・パーク競馬場。繰り返しになるがタイトルまんまの内容である。だが直前に観た『ストア』とは違って本作は競馬場内で完結するようなものではなく競馬産業に於ける様々な場面を観せてくれる映画だったのでタイトル通りに終始競馬場が舞台というわけでもなかった。
そこ良かったですね~。まず映画の冒頭からして牧場にある厩舎で出産シーンから始まるのである。出産シーンとか動物ドキュメンタリーならば鉄板のシーンではあるが、大体映画のクライマックスとかに持ってきて新たな生命の誕生で命の循環がどうたらこうたらで我々は全ての生き物に敬意を持たなければいけないのである、的な感じで作品を占める意味合いのシーンとして使われることが多い印象(俺調べ)なのだが、本作では出し惜しみ無しって感じで映画の冒頭に配置されているのである。オイオイ、いきなりこんな強い場面から入って大丈夫かよ? とか生意気にもワイズマンを心配してしまったのだが、そこは流石ワイズマン、出産シーンの後はお馬さんの交尾シーンを持ってくるという構成でいきなり心を掴まれてしまいました。
サラブレッド、特に偉大な成績を残した牡馬なんかは超高額な種付け料を取るということで競馬にはあんまり興味がない人でもその事は知っているかもしれないが、その実際のサラブレッドの交尾シーンを見たことがあるという人はほぼいないであろう。しかし本作では馬の名前こそよく分からんがその交尾風景を観ることができるのである。ゴム手袋はつけてたと思うがお馬さんのおてんてんを係の人が手洗いしたりするんですよ! すげー! まぁもっとも本作は1985年の映画なので現在では別な方法を取っているかもしれないが。
そしてその後も凄かった。お馬さんの出産シーン、交尾シーンときて続いては故障したお馬さんの手術シーンです。確か膝下あたりから結構な範囲を切開して骨や間接に金属を埋め込んで補強するという手術だったと思うけど、皮膚と肉を裂いた後に関節の軟骨部分にドリルで穴を開けてボルトを打ち込んだりするシーンがぼかしとかなしでがっつり観ることができます。まぁそんな生々しい手術シーンは観たくないよという人も多いかもしれないが、単純に映像のレアさという点ではすげぇもん観たなという感じで圧倒されてしまいましたね。お馬さんの手術映像とか普通は獣医さんでもなければ見ないでしょ。あと手術の前にお馬さんに全身麻酔をかけるときも凄かったな。力強い馬の呼吸とそれに連動して動く筋肉や脈動といったものがほぼ一瞬で硬直して外科手術OKな状態になってしまうという薬品の強さがちょっと恐ろしくもありましたね。
まぁそんな感じで冒頭から強烈なシーンの連続で始まった本作ですが、舞台が競馬場の方へと移ると特に言うこともない面白競馬場ドキュメントになっていって強い映像というのは鳴りを潜めていつもの社会科見学的なワイズマン作品になりましたね。もちろんそれはそれで面白かったのだが、基本的な構成とか見せ方とかっていうのはここ最近書いた前5本の作品とほぼ同じなのでぶっちゃけあんまり言うこともなくいつもの面白ドキュメンタリーだったという感じでしたよ。
だったのだが、終盤の競馬会の重鎮みたいな爺さんの誕生日パーティーで(レース場で怒号を上げてるおっさんたちの小遣いがこの爺の懐に…)と思わせた後に実際の競馬場ではその爺も貧乏な庶民と一緒に楽しんでる構成は上手かったなぁ。『ストア』ではもろにそういう感じの展開だったが、本作もまた百貨店業界と同じように巨大な金が動く競馬産業なので、そこには色々あるんだろうなということを思わせもするし、また『モデル』で描かれたようにギャンブルという黒いイメージを払拭しながらもキチンと競馬ファンからは金を巻き上げる広告戦略を取ったりもしているということは観ていて分かるように紹介されているのだが、なんというかですね、そこの中心にいるお馬さんの存在がえげつない搾取的な産業構造というだけでなくロマンを齎してくれているというのも分かるようになっていて、そこが非常に良いドキュメンタリーでしたね。競馬業界の重鎮みたいな爺も実際に競馬場に行って馬を見て大はしゃぎしてる姿を観せられたら、それ自体が広告戦略だとしても馬の存在でまぁいいかって気はしてしまうんですよね。我ながらちょろいなぁとも思うが。
その辺踏まえると、本作は競馬産業の構造を浮き彫りにしてそれをいつもの如く普遍的な社会の姿に落とし込んでいく…という部分がありながらも本題はなぜ人は競馬場に行っちゃうのか、という部分でその解としてあらゆる意味(もちろんギャンブルとしても)で人は馬に夢を見ているから、ということを描いた作品なのかもなと思いましたね。競馬場といえば真っ先に思いつくような、レースの行方を見守りながら怒号を上げてるおっさんとかもしっかり描かれているんだけど、おっさんはそこで馬を通してロマンを見ているわけである意味ではそれを提供することが競馬産業の肝であるのだということも言えるのではないかと思う。そしてそれは競馬産業だけではなく、言うまでもなく『モデル』で描かれたものもそうだし映画産業もモロにそうであろう。
競馬場を通じてそのようなことを思わせてくれるワイズマン作品はやっぱおもろいなぁ、と思ったし、お馬さんという存在がいるだけでなんか生々しくもありえげつなくもある構造にロマンが付与されるんだからお馬さんは凄いなぁとも思いましたね。その辺も映画の構成として計算ずくなんだろうけど、最初に書いたように序盤は競馬場より牧場や厩舎メインで馬好きに嬉しい感じなってるのもその実感をより効果的に観客に与えるためのような気もする。
いやー、流石って感じで本作も面白く大満足なドキュメンタリー映画でした。あと、レースが終わった後の競馬場の清掃員のお仕事ぶりも逃さずに描いているのがさすがワイズマンはえらいね! ちなみにワイスマン作品は後半くらいによく教会のシーンがあるのだが、本作でも中盤から後半にかけて教会のシーンはあったのそこもワイズマン感がありましたな。やっぱアメリカを描くとなると教会は外せないんだろうなぁ。
とりあえずアテネフランセでのワイズマン特集の12月分はこれにて終了。また来年も通うことになるので未見の作品が楽しみです。