垂直落下式サミング

ウルフ・オブ・ウォールストリートの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

5.0
令和の吹かしたビジネスパーソン御用達。この世には勝ち組か負け組しかいておまへん、世の中ゼニやでと、浪花マインドを強烈に刷り込んでくるジョーダン・ベルフォート伝説を、レオ様が演じる痛快作。
実在したスーパー詐欺師の回顧録をもとに、インチキ商法で巨額の財を成した男の栄光と没落を描く。はじめて劇場に足を運んだスコセッシ作品は、ガッツリ三時間、正直集中力が持つかどうか不安だったが、退屈さとは無縁の濃密な時間であった。
若い頃から芝居の達者なディカプリオだが、中年に差し掛かり、さらにコメディセンスに磨きがかかっている。一人芝居で笑わせるのは、階段を転がり落ちて、車のドアを開けるところ。薬物でヘロヘロ。俺の愛車はガルウィング。さてどうする?志村けんに匹敵する珠玉のアクションシーン。
このあたりから、いろんな変な役をやり過ぎて顔芸俳優になっていくディカプリオ…、毎回オスカー級の頑張りをするのに評価されなかった時期の出演作をさかのぼると、本当に居たたまれなくなる。これでさっさと主演男優賞を獲ればよかったんだと思う。
第二幕のハイライトは、窮地に立たされた主人公が仲間たちの前でスピーチをするところ。だんだん変なテンションになっていき、挙げ句、ジョーダンは証券屋をやめへんで!という結論に至る!ここが、居直り男の大一番。やけくその乱痴気騒ぎ!祭りを終わらせてなるものか!おーおーおー!おーおーおー!(バカ)
相棒のジョナ・ヒルと会うところなんか、話せば話すほどマジでろくでもないヤツなのがビックリ。最初の仲間ができる場面なんだから、泥だらけのおにぎりを食うゾロの侠気にルフィが惚れるみたいな劇的なエピソードがあってもいいのに…。コイツをみて、オメーおもしれー奴だな。オレの船に乗れ!となるのが、人としてバグってる。
そっから、目ぼしい人材をリクルートする場面で出てくる奴らも、負けじとろくでもないヤツなのが笑える。このバカたちを、カネのためにカネを求める狼へと育て上げるのだ。
有名な「ペンを売れ」チャレンジの発祥でもある。この映画をみたら、いやがおうにもいちばん印象に残りますもんね。これが、レオのアドリブだってんだからスゴい。
就活生のとき、ベンチャーの変なチャラい企業とかも受けてたから、何度かこの質問に出くわすこともあった。僕も僕で、四年生なのにかなりイキってたので、ろくでもない返答をしてしまいました。
「もしも、買ってもらえなかったら、私は御社の近隣で何らかの自棄を起こして、その現場にこのペンを忘れてくる可能性があります。いま回収しといたほうがいいと思いません?」
我ながら、とんちとしては高得点だと思ったのだけど、まー当然ながら普通に不採用でした。ふぁっきゅーふぁっきゅー!
ペンを売り込む秘訣。模範解答は「そこに名前を書け」だ。名前を書く必要があれば、需要が生まれ、所有することに価値が出るからなのだとか。
しかし、この映画の中では「名前を書き終えたペン」あるいは「サインをするという契約行為そのもの」の価値は軽んじられている。というか、あえて言及を避けているのだと思う。
子供の頃から使っている手に馴染んだペンの価値とは?両親の死後に受け継いだペンの価値とは?内助の功で不遇時代を支えた最初の妻との婚姻届にサインしたペンとは、または離婚届にサインしたペンは?若妻ナオミとの結婚離婚の時のペンはどうなのだろう?あるいは、ずっと一緒にやってきた仲間たちを売る司法取引書類にサインしたペンとは?それらの価値はいかほどか?
はたして、カネに変換できないものに、価値はないのだろうか。「友人からの贈り物」「恋人からもらったプレゼント」「両親から届いたほんのささやかな郵便物」これらのバリューは個々人による主観的なもので、客観的な価値など測りようもない。
カネは絶対的な指標だ。桁は多いほどいい。そうに決まっている。この前提が資本主義のゲーム的な分かりやすさの下支えとなっているのだが、シンプルであるがゆえに単純な数値化にしか対応していないので、あまりにもビジネス用の呼吸で生きていると、ヒトとしての本質を見誤る。一生を狂わすほどに。それが、カネというものの危険性であり、限界だったりもする。
およそ人の情を切り捨てた資本主義の狼は、自身が切り捨てられてもただでは起きない。たとえ、薬物で感受性はバカになったとしても、俺はペンを売ることができる。バカどもに、この極意を仕込める。ディカプリオの表情は、そんな自信に満ちていた。
強欲男の不滅を象徴するラストシーンには、カネによる適者生存とは、いまだ我々が夢を預けるに値するチャンスのシステムであるかもしれないと、そんな願いが込められていたように思う。見ようによっては、物哀しい幕引きだった。
僕は、ほんと嫌んなるくらいゼニのはなしが好きなんだと実感させられる。ぼんやりロマンチストと見せかけといて、案外リアリストなもんだから…。この世で信用できるのは、意外と「世の中カネやで!」みたいな奴ら。それ以外は、すべてが虚であり空である。「夢」とか「充実感」とか「自己実現」とか、そーゆーののほうがアブないです。