君が吐いた白い息が
今ゆっくり風に乗って
空に浮かぶ雲の中に
少しずつ消えていく

その店は駅裏のちょっと奥まった路地裏にあって、「ゼンさん」というぶっきらぼうなおっさんが一人で切り盛りする飯屋だった。

このゼンさんとおれとの共通点はただひとつ…「映画好き」

おれが初めてこの店に来たのはもう30年以上も前になる。友達と確か健さんの「夜叉」を観た帰りにこの店に入り、大いに健さん話で盛り上がっていた。深夜で客はおれたちだけだった。
「長ドス持って走る健さん…東映時代思い出しますよね」
もう辛抱たまらんって感じでまだ若かったゼンさんが話にかたってきた。
ゼンさんの映画話は独特で面白く…おれたちはすっかり意気投合して…それ以来の付き合いだ。

もともとゼンさんは寡黙な男でぶっきらぼう…余計な話はしない…いつしかそれがおれたちのルールになった。
お互いの私生活の話などはしたことがない…するのは「映画の話」だけ、おれがこの店に来るとゼンさんは手か空いたときに…
「最近、面白い映画観た？」
と聞いてくる。

その日…
煮込みをつつきながらおれはちょっと笑いをこらえる感じでゼンさんに話しかけた。

「今日観てきた映画さぁ…まさに…ここみたいな店が出てくんの」
「へぇ、何の映画？」
「『深夜食堂』っていう映画なんだけど…もともとはね漫画で…深夜枠のテレビドラマになって…今回映画版が出来たんだ」

「けいこしゃーん！」
カウンターで突っ伏して寝ていた若い男がいきなりガバッと頭を起こして叫んだ。
「けいこ…しゃん…」
また寝た…
まぁここではよくある光景なのでおれもゼンさんも驚くこともなく話を続ける…

「テレビ見ないからなぁ…食堂の映画なの？」
「うん、親父が一人でやってて…これが小林薫で…その食堂に集まる人たちの…特別派手な映画じゃないんだけどさ」
「面白いの？」

「これが映画もテレビと同じオープニングだったんだけど…もう、何が好きっておれはこれが大好きでねぇ😁💦
繁華街のネオンと行き交う人々を車の中から見たような映像から始まって…そこに鈴木常吉さんの「思ひで」って曲がかかって…小林薫の独白がかぶってくんの…
『みんな…深夜食堂って言ってるよ』
みたいな…
なーんか、いいんだよな～」
「鈴木常吉？」
「うん、昔…イカ天に出てた『セメント・ミキサーズ』ってバンドの人…」
「『セメント・ミキサーズ』…曲聴かなくてもいいバンドだってわかるね😁」
「うん、ゼンさんも観てみて…いい映画なんだよ…飯旨そうだし…きっとここの経営の参考になるよ😁」

「けいこしゃーん！」
男がまた叫んだ…


それからしばらくしてまた店に寄ってみた…
「あの『深夜食堂』観たよ」
「あ！どうだった？」
「うん、面白かった」

ゼンさんは、あんまり語らない…やっぱりプロであまりに自分に近い映画だとおれたちと感じ方が違うのかな？

ガラッとドアが開いて駅前から流れてきたらしいサラリーマンの二人連れが入ってきた…
「いらっしゃい」
「何かさ、食事…出来る？」

「食べたいもんがあったら言ってよ…出来るもんだったら何でも作るよ」

ゼンさーん！思いっきり影響されてるじゃん😁💦

• #NAOKI'Z

映画になったからといって、変な色気を出さずドラマシリーズと全く同じテンションで淡々と進めるその姿勢がファンには堪らない。

大きく分けて3つの小話から構成されているけれど、テレビドラマと同様に全ての登場人物や設定がほんのりとシームレスに継続されているので脚本にぶつ切り感はなく、緩やかながらもしっかりと前に進んでいる。

店の片隅に忘れられた謎の骨壺にマスター（小林薫）と店の常連たちが思案を巡らせる、という大テーマが下敷きになってはいるものの、大袈裟にそれについて展開を設けずに「そういえばあの骨壺ってどうなるんだっけ」くらいのドライな感覚が通底しているのが極めて日常風景的で安心する。

どのストーリーも淡々としているけれどエモーショナルでグッとくる。

特に最後の「カレーライス」の悲哀とそこはかとないユーモアが絡まった物語に見入ってしまった。

未だセンシティブでフィクション作品には起用しづらい東日本大震災をテーマにしているのだけど、本作は徹底的にその中の“個”を掘り下げていて、その語り口は極めて軽やかだった。

その描き方には憐憫や同情というものは無く、あくまで「今を生きる人と人」の話として成立させていることに感動してしまったし、やはり深夜食堂は松岡錠司が監督してこそのものである、と再認識したのであった。


「深夜食堂」というシリーズは、人間の生の営みについて繰り返し繰り返し描いている。

フィクションドラマとしてはあまりに地味だったり、美談として成立し難い悲劇もあったりするが、生活というのは往々にして喜劇や幸運ばかりではないし、むしろ苦しみや悲しみの方がずっと多いものだと思う。

めしやの常連たちも皆、画面越しだと滑稽で馬鹿馬鹿しい存在にも見えるけれど、実際のぼくらだって彼らと大差ない。むしろ、めしさという居場所を見つけられている分、彼らは幸福だし、翻ってぼくらにはああいうそっと心を撫で下ろせる場所が必要なんだと思うばかりである。

本シリーズはいわゆる「メシ系」エンタメの先駆け的存在かもしれないけど、過度に調理シーンとか食べるシーンを見せず、最低限な見せ方にしているのも上品。

それなのに圧倒的に美味そうに見えてしまうのは演出の巧みさと料理のチョイスの絶妙さなんだろうな。

高岡早紀…だいぶ自分より年上だけど行くよなぁ。

ナポリタン、とろろご飯、カレーライスの3本。
テレビシリーズは1期を一気見したので、映画版も。
テレビシリーズでは見ることのできなかった食堂の2階の様子やマスターの買い出しの様子が見られるのが良い。
話自体は夜中0時から朝方までやってる食堂に集まる人の悲喜こもごもを描いているのだけれど、雰囲気があって見やすい。
僕にとっては尺が長く感じたところがあったので、テレビシリーズを見る方が好き。