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野獣死すべしのukigumo09のレビュー・感想・評価

野獣死すべし(1969年製作の映画)
4.0
1969年のクロード・シャブロル監督作。彼は映画監督になる前はジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、エリック・ロメール、ジャック・リヴェット等と同様に、映画雑誌「カイエ・デュ・シネマ」で映画批評家として活躍していた。シャブロル監督のデビュー作『美しきセルジュ(1958)』はヌーヴェルヴァーグの最初の作品と見なされることが多いが、ゴダールほど過激ではなく、トリュフォーのように自伝的でもない。シャブロル監督はヒッチコックを神のように崇めており、彼自身もヒッチコックのようにサスペンス、スリラーを数多く撮る職人監督になっていった。特にステファーヌ・オードランと結婚した60年代後半辺りからは、地方都市を舞台にブルジョワ社会における悪意や偽善をあぶり出す独自のスタイルを確立していく。そんな充実の作品群の中でも代表作と言われるのが本作『野獣死すべし』である。原作はニコラス・ブレイク名義でセシル・デイ=ルイスによって書かれたミステリー小説だ。映画ファンには俳優のダニエル・デイ=ルイスの父親として有名な作家である。映画化に際してシャブロルと共に脚本を担当したポール・ジェゴフは私立探偵ナイジェル・ストレンジウェイズを登場させないという改変を行っているので、原作を知っている人も楽しめるだろう。

舞台はブルターニュ地方の浜辺で始まる。黄色いレインコートを着た幼い少年ミシェル(ステファン・ディ・ナポリ)は潮干狩りでもしていたのか道具をもって道を渡ろうとしている。それと交互に黒いマスタングが猛スピードで走っている映像が映される。悪い予感しかしないのだが、案の定ミシェルは車に轢き殺され、車はそのまま去ってしまう。父親で児童小説作家のシャルル(ミシェル・デュショーソワ)は男手一つで育ててきた息子を突然失い悲しみに暮れている。警察の捜査は難航しひき逃げ犯も事故車も一向に見つからない。シャルルは日記を付けているのだがそこには犯人を自ら見つけだして復讐するという考えも書かれており、怒りがにじみ出ている。執念の聞き込みの末、シャルルは息子の事故のあった日に事故車に乗っていた一人が女優のエレーヌ・ランソン(カロリーヌ・セリエ)であると突き止める。シャルルは偽名でエレーヌに近づき、食事やダンスに行くまで親しくなる。エレーヌにそれとなく事故について尋ねると、運転していたのは義理の兄ポール(ジャン・ヤンヌ)であると判明する。そこでシャルルはエレーヌと一緒に彼女の姉の家族を訪ねる旅行を計画する。もちろんシャルルにとっては復讐の旅なのだが、ポールの家についてすぐに実行するのではなく、休暇を一緒に過ごしながら本当に殺すべき人物なのか見定めている。ポールは妻や息子フィリップ(マルク・ディ・ナポリ)に対して下品な発言や暴力的な行動で横暴にふるまうような人物であった。シャルルはポールが営む自動車修理工場を見せてもらうと、そこには修理した黒いマスタングがあり、シャルルはこれが息子を撥ねた車であると確信する。シャルルはポールを海上で殺すためにボートで海に出るよう誘う。しかしシャルルの日記を見て計画に感づいていたポールは銃を隠し持っていた。

この映画では観る者がシャルルに同情し、同化し復讐を果たすことを応援するようなる。ポールの悪事が明らかになるにつれ、よりシャルルに肩入れするようになるのだが、シャルルが聖人でないのと同様にポールも本当の悪魔ではない。善と悪だけで分けられない世界が見えた瞬間に鑑賞者の道徳観が揺さぶられる。この意地悪な作風がシャブロルタッチである。ポールの本当の不幸は子供を殺したことではなく、階級による偏見の犠牲者であったことだ。ブルジョワ社会の招かれざる侵入者としての彼がその横柄なモンスターを作り出してしまったのだ。本作は海から上がる少年から始まり、海に入っていく男のシーンで終わるという円環構造をなしていたり、タイトルがブラームスの『4つの厳粛な歌』の歌詞から取ったものであったりと細部や構成にも注目する点が多いのだが、ひき殺されるシャルルの息子を演じるの子役とひき殺したポールの息子を演じるの子役が実生活では兄弟という謎の血縁関係も2人が似ているだけに絶妙な余韻を残す。
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