ジャン黒糖

Noise ノイズのジャン黒糖のレビュー・感想・評価

Noise ノイズ(2018年製作の映画)
3.0
松本優作監督映画。
前回感想投稿した『日本製造 メイド・イン・ジャパン』と同時期に作られた2018年の作品。

【物語】
地下アイドルとして活動する傍ら、プロデューサーとの二人三脚同然でリフレ店で働く桜田美沙。
父との距離を断絶しようする女子高校生・山本里恵。
借金まみれ、男遊びで不在がちな母と二人暮らしをしながら運送業でアルバイトをする予備校生・大橋健。

行き場の見出せない、孤独な悲しみ、不安を抱えた3人の若者と、彼女らを気に掛ける大人たち。
それぞれが解の出せない生きにくさのなかで、のしかかる日常の重圧は徐々に重くなり、あるときを境にそれぞれの怒りは臨界点を迎える…。

【感想】
本作の主な舞台は秋葉原で、彼女たちが抱える孤独感と矛先の見出せない怒りの背景、矛先には、2008年に実際に起きた秋葉原無差別殺傷事件を連想させる。
あらすじや予告編などの前情報は入れずに観たため、本作は実際の事件を描いているのか、それともモチーフのみのフィクションか、また別か、と想像しながら観ていた。

その甲斐あってか、本作に登場する若者たちの孤独さ、社会から疎外されていく生きにくさの先に時系列としてあの事件が繋がっていくのかもしれない、と緊張感を保ちながら観ることができた。

彼女たちの現在地はいずれも観ていてキツい。
被害者遺族にせよ、そうでないにせよ、みんな少なからず秋葉原無差別殺傷事件に影響を受けている。
松本監督は同時期に作られた『日本製造』で"映像媒体"がアンコントローラブルな暴力性を生み出してしまう社会構造を映し出した。
本作では、事件をはじめとする不測の事態≒アンコントローラブルな何かをきっかけに一度生きづらい環境に入ってしまった若者たちの抜け出せない閉塞な社会を彼女らのミクロ的視点で描いている。

同じ男性としては、小遣い稼ぎのようなバイトで黙々と働きながらも勉学に励んでいた健が唯一の肉親といってよい母親と突然の家出や借金などに苦しむ姿は観ていて辛かった。

一方のリフレで働く美沙のお店でのお客とのやりとりなどはちょっと滑稽に見えてしまった。

「何かお茶飲みます?」→「あ、じゃ、コーラで…」→「うちお茶しかないんで」
「普通にオフィスワークでPCに向かってカタカタカタって感じで…」
という浅い関係性の会話とかウケる笑


一方で彼女たちを見守る大人たちもまた、決して余裕がある訳ではないのがこの映画の閉塞感に一躍買っている。

健を和ませようと気にかけたり個別に話しかけたりするバイト先の所長も、スキンシップのつもりで冗談っぽく風俗に誘うもあながちご自身の欲望が漏れ出て冗談でなくなるテンションとか笑
あんたがむしろ行きたがってるやん!と健の代わりにツッコミをいれたくなってしまうと同時に、健の立場からすれば束の間の気を少し緩められる相手がこれぐらいしかいない、というそれ以外の八方塞がりなハードさが却って際立ってしまう。

他にも、娘・里恵からは無視されている父親が仕事終わり、里恵と似た見た目の地下アイドルに会いに行き始める痛々しさとか、身につまされるし、その娘もまた彼氏は中身空っぽのロクでもない男で、彼女に声をかけるスカウトマンはよりによってもっと中身空っぽで。。。

美沙のことをプロデューサーとしてずっと気にかける高橋(演じるは小橋賢児!)も、首の皮一枚のギリギリ状態でグループやリフレ店を続けている、実は彼こそが劇中一番本人の力量ではもうどうしようもなく逃げ場がない男で、だからこそ彼に一抹に残る人の心を捨てようとしない姿勢がちょっと切なかった。。

そして健の母な。
最近だと『あんのこと』におけるあんちゃんの母親といい、なんで日本映画に出てくる団地住まいと思しき家庭のシングルマザーってこうもまぁ酷い人が多いのか!!
どうしようもない…彼女こそ一番どうしようもない…。


本作、勿体無かったと思うのは父親のことを無視しまくる娘、里恵。
彼女だけ、明確に父と距離を取りたい背景が美沙と比べてもやや曖昧なうえに、ラストの帰着も美沙被りでフワッとしてしまい、救いもなければ非難する気持ちも湧かなかった。

また、秋葉原無差別殺傷事件を連想させる本作も、実際の事件そのままではなく、連想に止めた意図も終わってみるとそんなにもなかったかなと思ってしまった。
松本優作監督、学生時代は元々音楽をやっていたようで、同世代の監督である二宮健監督の『チワワちゃん』などを思い起こす東京のアングラ感ある描写はこの世代ならではの感覚ゆえなのかなともちょっと思った。


最後に美沙について。
おそらく事実上の主人公は彼女。
そんな彼女のラストには、里恵側のストーリーには描けなかったラストが描かれる。
そこで初めて彼女の背景や、劇中出てくるとある男性との関係性の変化が描かれるが、おそらくはこのラストにこそ松本優作監督らしい視点の置き方が表現されているように思った。

個人の力ではアンコントローラブルな社会構造において、それでも個人が閉塞感漂う世界をサバイブするための唯一の方法は、真摯に相手と向き合うこと以外にないのではないのか、という問いに対する監督なりの回答が描かれているのではと思った。
それが如実に表れたのが同監督作『ぜんぶボクのせい』『winny』だったのかなと。
ジャン黒糖

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