【現実逃避と男の末路】
公開当時、衝撃を受けたままに数十回も劇場に足を運びました。
それは、この乱雑な白塗りの姿と私の内面的な姿がとてもリンクした瞬間だったからです。
そりゃぁこんだけ騙され、打ちのめされ続ければ人生も笑えてくるよ。というくらいオープニングのタイトルシークエンスから極めてダウナーな本作。
主人公アーサーは作中の出来事から、殺しの快楽を得た。いや、公衆トイレを灯す深緑電灯の光で踊るその瞬間から“現実逃避”が始まったと考えています。
それは映像表現面からも、アーサーの背景は最初から作中の大半でぼやけ、その世界から切り離された存在であることが伺えます。
『タクシードライバー』を彷彿とさせる本作の世界観で、最も好きなシーンがあります。
サジー・ビーツ演じるソフィー(彼女)が売店に並んだ新聞紙を見て「彼(殺人ピエロ)はこの街のヒーローね」と一言アーサに語りかけます。
その背景はビンテージ味ある色彩のイルミネーションで、この一連のシークエンスは70年代NY調で錆びれながらも何処か理想的で幻想の景色を明らかに意識させます。
このシーンで流れるJimmy Durante『Smile』の歌詞は“涙が溢れる時も、堪えて笑顔でいよう”と、この1シークエンスに本作が映す現実からの逃避全てが詰まっているなと感じる最高の演出です。
劇中、ゴッサムの街は混沌と化しました。
ですが、ノンフィクションに生きる我々の世界でも、各々が抱える苦しみから逃避する内面を具現化すれば、それは皆本作が語るジョーカーそのものなのです。