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Chicken with Vinegar(英題)のukigumo09のレビュー・感想・評価

Chicken with Vinegar(英題)(1985年製作の映画)
3.6
1985年のクロード・シャブロル監督作品。彼は映画雑誌「カイエ・デュ・シネマ」で批評家としてジャン=リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォー、エリック・ロメール等と批評家として活躍し、その後映画を監督し始め、ヌーヴェルヴァーグという映画史における革命を起こした1人である。批評家時代、カイエ・デュ・シネマの面々はヒッチコック・ホークス主義を掲げハリウッドの職人監督を顕揚し、旧態依然としたフランス映画を批判してきた。監督になってからもシャブロルはアルフレッド・ヒッチコック監督の影響が顕著で、扱う題材もサスペンス・スリラーの神様とされたヒッチコックのような犯罪映画を数多く手掛け、フランスのヒッチコックとまで呼ばれるようになる。50年以上のキャリアで様々な作品を作ってきた彼は地方でのブルジョワジーの偽善や横暴さを描くことを好み、こういった社会階層での犯罪に、彼特有のユーモアと美食家としての食へのこだわりを加えた作品はもはや唯一無二で、「シャブロリアン」という彼の名を冠した形容詞が生まれるほどの存在となった。
本作『意地悪刑事』はプロデューサーのマリン・カルミッツと組んだ最初の作品であり、以降10本以上コンビを組んでいる。フランスのインディペンデント映画を支えたカルミッツは、大手が何色を示すような題材でもチャレンジし、ヒットさせてきた。『意地悪刑事』のような刑事ものの作品では誠実で真面目な刑事が一般的で、探偵役として捜査する際は、ポワロやコロンボのように穏やかな人物が好まれてきた。もしくは絶望的に悪い刑事が登場する場合もあるが、本作のラヴァルダンはその中間くらいの、真実のためには少々違法行為でも自身の正義感の元に突き進むタイプの刑事である。

フランスのある小さな町に住む郵便配達員のルイ・クノ(リュカ・ベルヴォー)は車椅子で生活する母(ステファーヌ・オードラン)の面倒を見ながら2人で古い屋敷に住んでいる。ルイは夜な夜な3人の敵の監視をしている。敵というのは肉屋のフィリオル(ジャン=クロード・ブイヨー)、医師のフィリップ(ジャン・トパール)、公証人のユベール(ミシェル・ブーケ)の事である。彼ら3人は壮大な不動産計画を企てており、クノ一家が立ち退くように嫌がらせを続けていた。彼らの怪しい動きをキャッチするため、郵便配達員のルイは監視だけでなく、彼らに届く郵便物を家に持ち帰り、開封して内容を盗み見ていた。敵のじわじわと詰め寄ってくるやり方にイライラしている10代のルイは攻撃的な態度に出る。ユベールの車にコインで傷を付けたり、フィリップの車をパンクさせたりするのだが、エスカレートしていき、フィリオルの車のガスタンクに砂糖を入れてしまう。この結果フィリオルは交通事故で死んでしまうのだ。
フィリオルの事故の捜査にやってきたのがラヴァルダン刑事(ジャン・ポワレ)だ。本編開始から実に40分を経過してからのゆったりとした登場だが、捜査方法は容疑者を殴ったり、洗面台に水を溜めて顔を押し込む拷問のようなことをしたりとかなり厳しい。フィリップの裕福な妻デルフィーヌが失踪し、ユベールの愛人でデルフィーヌの親友のアンナも焼死体で見つかるなど、事態は混迷を極めるがラヴァルダンは型破りな捜査で猟犬のように真実の究明に奔走する。

この作品は事件の顛末は当然だが、ルイと母、あるいはルイとしばしば彼を誘惑する職場の先輩アンリエット(ポーリーヌ・ラフォン)の関係も興味深い。息子を独占しようとする母と、彼の純朴さをからかいながらも性的な魅力で翻弄するアンリエットという、決して出会うことのない2人の女性の間でルイをめぐって綱引きが行われており、単調になりがちな刑事ものの捜査の過程が奇妙な人間ドラマによって彩られている。
本作のラヴァルダンはシャブロル作品の中でもかなり印象的な人物だ。この作品の成功もあって1986年にはシャブロル監督が同じくジャン・ポワレ主演で続編『刑事ラヴァルダン』を撮っており、こちらも必見の作品である。
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