["有害な映画たち"は有害なのか?] 80点
"Video nasty"とは、イギリスで使われた低予算ホラー映画を指す単語で、その暴力的な描写が社会に有害とされたことで付けられたようだ。主人公イーニッドはそんな低予算血塗れ映画の検閲官をしている。その暗い過去を振り切るかのように、人体破壊映画をズタズタに切り刻む仕事に没頭していた。その暗い過去というのは、幼い頃に遊びに行った先の森で妹を見失って、未だに行方不明だということ。両親は既に妹のことを諦める決断を下すが、イーニッドには諦めきれない。そんなとき、あるビデオに出てくる女優が妹そっくりであることに気が付く。現実と映画内映画の世界が融合していく過程は、血を意味する赤いライトで表されているんだが、やはり印象的なのは原因ともなった映画『Don't Go to the Church』の惨殺シーンだろう。直接的なシーンは見せないが、映写室から伸びる光線が徐々に赤みを帯びてくる=画面に血が広がっていることの直接的な示唆となっていて、これが後の映画に感染していくのが面白い。
本作品が奇妙なのは、所謂"有害な映画たち"という文言を皮肉りながら、その"有害な映画たち"に肉薄していく点だろう。正義の名の下に"この映画は殺人を誘発するかもしれない"として"有害な映画たち"を取り締まっている検閲官イーニッドが、妹に似た女優を追う過程でビデオと現実の区別が付かなくなっていくのは、彼女がこの手の映画が"有害である"と信じていることの証左なのかもしれない。監督は闇落ちした検閲官を使って保守的な考えを非難したかったのかもしれないが、結果的に"有害な映画たち"が殺人を引き起こしているのでなんとも言えないのが奇妙なのだ。監督の狙いはどこにあるのだろう?
昨年の『Calm with Horses』、今年の『Wrath of Man』と連続で遭遇することになり、今年の個人的ライジングスターとなったニーヴ・アルガー(Niamhはアイルランド語で、英語で言うNieveに相当するらしい)がイーニッドを演じている。知らずに遭遇してめちゃくちゃ嬉しかったので締めに書いておく。